漆黒の少年王、嘆きの花嫁
リオウが王として国を背負うようになった時、彼はまだ幼さの残る少年だった。だが、それでも王は王。妃の一人や二人は当然いても良かった。
大臣達は不本意な王の出現に不満を隠さなかったがそれでも世継ぎが必要だと渋々ながらも国内の貴族の姫達を何人か候補に上げた。
だが、リオウは頑として首を縦には振らなかった。しかしそれで済むほど簡単な問題ではない。
大臣達は勝手に何人かの側室を決めてリオウの夜伽の相手をさせようとしたのだ。しかし、彼の部屋に送り込まれた女達は朝には全員変わり果てた姿になっていた。
女をその場で切り殺してしまうからだ。どんな美女がどれほど妖艶な姿をしていてもリオウは何も感じなかった。逆に媚びるような目に嫌悪感を覚える。
今まで自分を蔑んできた者達が王になってからは態度を一変させる事が苦痛で、忌々しくておかしくなりそうだった。
来ては殺す、と言う生活はすぐに終わりを告げ彼の部屋を訪れようとする女はいなくなった。そして広がる下卑た噂。
王は女に興味がないようだ。
もしや男色家なのでは?
やはり自分と同じ蛮族の女ではないといけないのではないか。
それらの噂は殆ど根も葉もないものだったが王宮内では真実のように語られた。誰も王の本当の気持ちなど知ろうともしなかった。唯一人を除いては。
「あなたは本当に女性に興味がないのですか」
後ろから声を掛けられてリオウは顔には出さなかったが驚いていた。自分と直接口を聞こうとする者は王宮内では殆どいなかったからだ。しかもその内容が命知らずにもほどがある。
「・・・誰だ貴様」
声の主は見慣れた狡賢い大臣でも媚びた女でもなく、リオウより5歳ほど年長の若い青年だった。
見た事のない顔にリオウは怪訝そうに眉を顰めた。
「貴様、私が誰か知っているのか」
「はい。我がファーフナー王国の王、リオウ・ファーフナー様です」
「・・・・・・」
若き王はますます顔を歪めた。こんな男今まで見た事もない。恐れも侮蔑も篭っていない瞳はただリオウだけを映している。
普通ならこの場で不遜だと切り殺されても文句は言えない場面で、王は不思議と殺意は湧いてこなかった。
影でコソコソ言われるよりも面と向かってはっきりと言われる方が余程いい。その点でこの男はとても興味深く、清々しいとさえ思えた。
にやりと言う表現がピッタリな笑いを浮かべたリオウは軽く男を睨み付けた。
「それを貴様に言う必要はあるのか?私はこの国の王だ。私の勝手にさせてもらう」
「・・・私にはそれが駄々をこねる子供にしか見えません」
「!」
今度こそリオウは目を剥いた。沸々と言い様の無い怒りが湧いてくる。
唇を噛み締める少年に男は冷静だった。
「それほどお怒りになるのは図星だからではないのですか。今のあなたは蔑まれてきた仕返しをしているに過ぎません」
「貴様・・・っ!!」
激情に任せて腰に提げた剣を抜いて相手の首筋に突きつける。しかし青年は顔色一つ変えずに静かにリオウを見詰めている。
お互いに無言で見合っていたが、ややしてからリオウが口を開いた。その瞳にもう激情は見え隠れしていない。
「お前、名は何と言うのだ」
「・・シャールと申します」
「シャール・・・覚えておこう」
「・・ありがとうございます」
口ではそう言ったが、少しも嬉しそうではないシャールと言う男はリオウには好ましく映る。
「私が女に興味が無いのか、と言う質問だったな。なぜそんな事を聞いたのだ?」
「素直に疑問に思ったのです。妃候補は皆選りすぐりの美女だったとか」
「そうだったのか?顔などよく見てはいない。あんな連中、全て同じに見える」
「・・世継ぎを残すつもりはないのですか?」
今まで誰も聞く事の出来なかった核心を突く問いをシャールは酷く冷静に口に乗せた。
問われたリオウの表情もスッと凍りつき、何の感情も読み取る事は出来ない。
「・・・ないな。私と同じ血が流れている餓鬼などおぞましいだけだ」
血を吐く様に苦しげにそれだけ言って、ふいと顔を背ける。
リオウは真実、そう思っていた。自分と同じ蛮族と呼ばれる血を流す子など想像しただけで吐き気がした。だが、それは彼なりの優しさでもあった。今まで受けてきた仕打ちを子供にも経験させてしまうのではないか、自分も父のように我が子を愛せないのではないかと言う恐怖。
それならばいっその事、子など作らなければいい。王として世継ぎを残すのも大切な責務であったが、それを果たす気はリオウにはなかった。
「・・ですが、それでは大臣達は納得しないでしょう」
「・・・分かっている」
そんな事は言われるまでも無くリオウ本人が十分すぎるほど理解していた。形だけでも妃を取る必要があった。だが、どうしても耐えられない。彼女以外が傍に寄るのも吐き気がする。
「・・・私は別に女に興味がないわけではないのだ・・妃に迎えたい者もいる」
突然の告白に今度はシャールが驚く番だった。
「では、妃に迎えればよろしいのでは?ファーフナー王の命ならば簡単な事でしょう」
「・・・無理強いはしたくないのだ」
「・・・・・・」
この残酷な少年王にそこまで思われる女性がこの世にいたとは。相手が誰か気になったがそこまで詮索するつもりはない。
「・・・それほど好いている方ならば妃になさるべきです」
「しかし・・」
「その方が誰かの者になってもよいと仰るのでしたら何も申しませんが」
リオウは黙り込んだ。どうやら想像したらしくすぐに苦々しい表情になる。
「それがお嫌でしたら無理にでも動くべきです・・・それでは私はこれで失礼します」
それからシャールが立ち去るのを待って、リオウは呟いた。
「・・あいつが誰かとなんて・・・耐えられるわけないだろ・・」
それからリオウはロクスバーグ王宛に親書を出した。内容は王の第一王女のフローディアを妃に迎えたいと言うものであった。
だが、答えはNOだった。送られてきた親書には姫はまだ子供であると書かれていた。確かにリオウより2歳ほど年下のフローディアはまだ15歳ほどだったので彼もその答えに納得した。
それから数年の後、正式に結婚の申し込みの親書を送ったがやはり答えはNOだった。だが、理由は昔とは違っていた。
姫には婚約者がいる。
これにリオウは愕然とした。そして自分が姫を妃にと望んでいると知っていたにも関わらず婚約者を作らせたロクスバーグ王を恨んだ。
同盟国とは言え、この仕打ちには耐えられなかった。何より、姫が誰かのものになるのを黙って見ている事など到底出来ない事だった。
どうすればいいか考え抜いた末、出た答えは最悪の結末を思わせるものであった。
それをすれば姫に恨まれる事は分かっている。だが、せずにはおれなかった。姫が自分以外の男の腕にいると考えるだけで狂いそうになる。
「・・・すまない・・ディー・・」
その瞬間、遠い昔に聞いた少女の悲痛な悲鳴が聞こえたのはおそらく気のせいなのだろう。
「恨まれても、憎まれてもいい。お前を誰のものにもしたくないのだ」
許してくれ、なんて都合のいい事は言わないから。せめて君の傍にいさせて欲しい。
愛してるよ。あの日から、君だけをずっと。
そしてリオウは立ち上がった。
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